大判例

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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)89号 判決 1973年3月30日

控訴人

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人

柴田国義

被控訴人

乙野一郎(仮名)

外八名

右被控訴人九名訴訟代理人

栗原賢太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、控訴人および被控訴人らがいずれも諫早市大場町岩屋口部落の部落構成員であること、昭和三七年七月諫早地方に水害があり、岩屋口部落も川岸道路等に被害を受け、防災対策として護岸道路拡張の工事計画が進められたこと、そして、その際訴外丙野三郎が控訴人と右工事のため控訴人所有の土地の一部を提供するよう申し入れ、控訴人がこれを断つたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、右拒絶に対する私的制裁として、被控訴人乙野一郎が主謀者となり、その余の被控訴人らが共謀したうえ、部落員を煽動し、被控訴人乙野一郎を除くその余の被控訴人らが昭和三七年八月一一日控訴人に対し部落員全員の控訴人に対する村八分(共同絶交)を通告して、その後、控訴人は部落員との一切の交際は断たれ、部落内の連絡も行われず、苗代の駆除、籾摺りもできなくなり、芋を入れる袋も配つてくれないため農協への出荷もできなくなつたし、道で出合う部落員が挨拶もしないと主張する。

たしかに、<証拠>によれば、控訴人は昭和三六年まで米麦等を長田農協へ出荷していたが、昭和三七年には甘諸、馬鈴薯、人参を出荷しただけで、昭和三八年以降は全然出荷していないことが認められる。また、<証拠>中には控訴人の右主張に副う部分がある。

そして、<証拠>によれば、右被控訴人らに訴外丙野四郎を加えた八名が控訴人主張のころ控訴人方に赴き、そのうち右訴外人が控訴人に対し「部落のために協力できんものとは、もう付き合いきれん」と言つたこともまた容易に認めることができる。

この事実だけを捉えれて考えれば、あるいは控訴人の主張する不法行為が成立するかの如く見えるが、前記証言および控訴本人尋問の結果については、さらに右訴外人が右のような発言をするに至つた経緯やその後の状況につき仔細に検討しなければならない。

三、そこで、前示の争いのない事実に<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  諫早市大場町は堅木(第一班)、瀬々田(第二、三班)、岩屋口(第四、五班)に分れているが、そのうち川沿いにある岩屋口部落は上組(第四班)一〇戸と下組(第五班)八戸に分れていて、控訴人は上組に属している。

前記防災対策として護岸道路拡張の工事計画なるものは川幅を拡げたうえ護岸工事を施すが、そのため川沿いの道路が狭くなるので、さらに道路幅を拡げることとし、拡張分の道路敷にあたる土地はそれを所有する部落員がこれを提供するというものであつた。このため、部落員の殆どは河川工事のために田を潰されたが、これらはすべて無償の提供で、損失補償を受けていない。道路の拡張は控訴人の所有する土地を通ることになるが、控訴人がこれを提供しないため、その部分だけ道幅が狭くなり、耕転機も通れない位であつた。(結局、右工事は控訴人が最後まで土地提供を肯じなかつたので、水害で崩壊した道路と反対側に、他の部落員の土地の提供を受けて、車の通れる道路が後に造られた。)

控訴人は訴外丙野三郎らから部落のため土地提供を慫慂され、その意向の有無を打診されていたが、提供する土地が一体どれ位の面積なのか、他の部落員の動向がどうか等確かめもせず、またそういうことを考慮しようとの態度も見せず、きつぱり断り続けていた。

そこで、岩屋口部落としては、昭和三七年八月一一日午前中に当時同部落の組頭をしていた訴外丙野五郎方で寄合を開いたが、当時大場町の総代で、長田農業協同組合長や諫早市議をしていた被控訴人乙野一郎は出席せず、また控訴人も出席しなかつたが、同居の妹である訴外甲野春子が代つて出席した。その余の被控訴人らは皆出席した。寄合では前記防災工事を進めるにあたり部落の協力方を協議したが、控訴人の意向については右訴外人では十分これを把握できないので、訴外丙野四郎と被控訴人乙野六郎が控訴人方へ赴き、直接説得することになつた。控訴人は、右両名の説得に対し、部落のためになることには協力する気のないこと、高く買い上げられるなら話は別だという趣旨のことを言つて、全然話合にならなかつた。寄合は、右両名の報告を聞き、再び前記のように八名が控訴人方に赴き、その中でも最年長の訴外丙野四郎が前記発言をするに至つたが、控訴人はこれに対し、同訴外人の発言を全部聞き終らないうちに、「そうかそうか、組外ずしにすっとや」と言つて、家の中に引込んでしまつた。

(二)  その後の状況について、諫早市役所から岩屋口部落の各家庭への連絡は回覧板を回覧する方法によつてなされており、控訴人方へは両隣りの訴外丙野太郎、被控訴人乙野五郎方から回覧板が廻されている。また、部落内での寄合等連絡事項は班長から伝達されることになつており、控訴人方へも班長から一応連絡がなされたものの、控訴人は寄合や集りに全然顔を見せなかつた。昭和四〇年以降は部落内に放送設備ができたため、連絡事項は放送されているので、控訴人にも当然聞えている筈である。控訴人は部落道の補修工事を部落員ですることになつても出てこないし、出ない者が負担する不参金も支払わない。そればかりか、控訴人は部落員が道路工事で集つている所へ向けて大きな鏡で太陽光線を反射させたり、石油罐を叩いたりして厭がらせをしたこともあつた。それでも、控訴人は昭和三八年の大場町総会には出席した。

岩屋口部落には生産組合があつて、農作業は部落員相互の共同作業によることが多いのにもかかわらず、控訴人は他の部落員の農作業には参加しない。籾摺りについては、部落共有の籾摺機を各戸に廻して使用するだけでなく、作業そのものも互いに手伝うことになつているが、控訴人はそれにも参加しない。本訴提起後、控訴人は親戚にあたる被控訴人乙野六郎に籾摺りを頼んだことがあるけれども、同被控訴人は本件解決まではその協力を拒んだことがある。昭和三六年三月から昭和三九年三月まで生産組合長は被控訴人乙野四郎が勤めたが、同被控訴人が農薬等農協を通じてしか入手できないものを予め申し込むよう注文を聞きに行つても、控訴人は村八分を強調して怒鳴り散らし、警察を通じて買う等と嘯いて、注文しなかつたことがある。また、芋の出荷袋も農協へ注文した分だけ配られるのであるが、控訴人はこの注文もしないし、組合費も納めない。

その他にも、控訴人は昭和三八年四月ごろ部落内の訴外丙野六郎の結婚式に招かれている。また、市から戦没者遺族に配られる品物は、班長がその都度屈けているが、控訴人はこういうときは何も言わずに受け取るものの、共同募金の協力を求めに来た者は追い返すという有様であつた。

控訴人は、道で部落員と行き交うとき、挨拶する者に対しても睨みつけたり、わざとらしく唾を吐き棄てたりすることが多かつた。

控訴人の隣家にあたる訴外丙野太郎は控訴人と積極的に交際していないが、それは控訴人の山を借りて炭焼きしていたのを、突然控訴人の気が変つて喧しく咎められたからであつた。また、岩屋口部落に居住する訴外丙野夏子、同丙野次郎は控訴人に対して別段敵意等抱いているわけでもなく、また控訴人に対して共同絶交するよう言われたこともない。

控訴人は岩屋口部落員から共同絶交されたとして法務局へ申し立てたこともあり、本訴第一審において調停が行われたが、その際にも、控訴人は部落員が頭を下げてこない以上本件の解決はないとの態度を頑なにとつている。

以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信できない。

四、右認定事実に徴すると、

(一)  岩屋口部落で控訴人を除くその余の部落員が控訴人に対して共同絶交するよう決めたこと、被控訴人らが部落員に対して共同絶交するよう働きかけたことを認むべきものは何もない。

(二)  また、被控訴人乙野一郎が同被控訴人を除くその余の被控訴人らに対して控訴人を共同絶交するよう指揮したとか命じたとかしたとの原審における控訴本人尋問の結果は措信できない。被控訴人乙野一郎が大場町総代、長田農協長、諫早市議を勤めているということから直ちにその余の被控訴人らに右のように命じたと見ることはできない。他に、被控訴人乙野一郎がそうさせたと認むべき証拠はなく、却つて、同被控訴人は昭和三七年八月一一日の部落寄合にも出席していないし、控訴人方へも行つていないうえ、控訴人に対する積極的な行動を窺うものは何もないと言わなければならない。

(三)  被控訴人乙野三郎については、同被控訴人もまた控訴人方へ行つたわけでなく、ただ寄合に出席しただけなので、同部落の一員としてはともかく、他の被控訴人らと同様に考えることはできない。

(四)  そこで、被控訴人乙野一郎、同乙野三郎を除くその余の被控訴人らについて考えるほかないというべきところ、問題は訴外丙野四郎の前記発言の趣旨如何にあるといわなければならない。

ところで、右訴外人の前記発言はたしかに穏当を欠く言辞ではあるうえ、控訴人がその所有土地を無償で提供するか否かは専ら控訴人の意思如何にかかることで、いかに説得されたからといつてこれに応じなければならない法律上の義務がないことは多言を要しない。しかし、控訴人が土地提供を拒絶するにしても、提供を求められている土地の広狭も確かめず、その必要性や防災工事によつてもたらされる利益についていささかも顧慮した形跡は見当らず、ただひたすら自己の損失を伴なうものは一切受け付けというぬ態度に終始したことは、あまりにも他人を犠牲にした利己的行動と評されても仕方のないことというほかない。しかも、右訴外人の前記発言の真意は、控訴人の頑なな非協力的態度をとつたことに対する言葉であつて、同訴外人としては必要以上に親交を重ねる気は毛頭なく、またそれ以上に他の部落員を糾合して共同絶交などという気もなかつたものと認めるのが相当である。ただ、控訴人は自己のなすべき事をせず、そのことにも口を噤み、他の部落員の態度のみを非難して、殊更被迫害意識を過剰にもちつづけていることから事態が紛糾したものと見ることができる。これらの諸事実から考えると、被控訴人らの前記発言、態度は違法性を欠くものというべきである。

(五)  他に、控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五、してみれば、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(池畑祐治 桑原宗朝 富田郁郎)

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